初 日

櫻井理人・あゆみの陶展 始まりました。

有田で学び、埼玉県小川町で作陶していましたが、

この春 信州小諸に引越しされ、初の展示会。

たくさんのお客様が、

新作とお二人に会いに来てくださいました。

2日目6/24も 在廊なさいます。

 

   

 

 

髙田藍紗さん

   

 藍紗さんの笑顔と笑い声は、いつも明るく元気で、

周りにはいつも自然と人が集まってきます。
そんなお人柄同様、「明るい色」の作品がほとんどで、
色と形との調和を大切にして、作陶しているそうです。
 お父様も陶芸家でしたが、

「焼き物だけはやりたくない」と思っていた時期が長かったといいます。
 こどもの頃から、父親の手伝いで

陶炎祭(ひまつり)の小屋作りをしていたこともあり、大工仕事が好きでした。
体を動かす仕事、家を建てるような大工になりたいと思っていました。
 建築・設計の勉強もしましたが、図面引きをするような授業に違和感を感じ、

結局その道には進みませんでした。
 その後、窯業指導所でやきものの基礎を学び、薪窯で作陶する堤綾子さんのお手伝いもしました。
窯業指導所で釉薬の勉強もした後、自分のやきもの作りを始めました。

 


 テストピースに釉薬を掛け 試験焼成

具体的なテーマ・イメージを決めて作り始め、

最後に色で完結させる。

 

ポットミル(釉薬を作るもの)

今も、いろいろな色の釉薬作りに挑戦し続けています。

 

ポットミルの中に

このボールと釉薬の材料を入れて作る

 

石膏 セッコウ の型

お客様の直接の反応が見えるイベントが好きで、

年に数回参加しています。
 実際に使いやすい形も考えながら、

自分の「カラー」を出した「明るく元気」な藍紗さんの作品は、
そのお人柄も含めて、多くの人に愛されています。

 

   「山笑ふ-彩の器-

   小松弦太×髙田藍紗 二人展」 4/1(日)まで

小松弦太さん

  

コンポート

 

 一万年続いたという縄文文化を愛する小松君。
おおらかな自由意志を持ち、狩猟生活をした縄文人。
弥生人は、農耕生活によって、

装飾より使い勝手・無駄を省く精神という合理的思考に。
縄文の良さは、地域を支配することよりも、自然の中での共生であった。

 

 幼稚園の頃「見本をなぞって文字を覚える」ことに抵抗を感じ、

小学校入学頃から、
「疑わずに、みんなが足並みをそろえ従う」ことに違和感を感じたと言います。
学校を休みがちの頃もあり、山に登って岩の上で瞑想することも。
中2のある日の瞑想中、つながった感覚を覚え、

ふっきれて普通に通学するようになったそうです。
 高校では、美術部・軽音楽部でバンド活動も。
陶彫(陶の彫刻)の島剛先生のもと、大学では立体造形の制作をしました。

 


 幻想遺跡 「月見の城」

 

 卒業後、窯元で3年働き、実用品と自己表現的創作について

迷った時期もありました。
美術と生活が切り離されないようにはどうすべきか?
創造性を持ちながら、日常の感覚から離れず、

楽しさや癒しを感じてもらえるような工夫。

 

ひもづくりカップ

絵も描きたい。

立体も器も、オブジェと器の間のような作品も作りたい。
八木一夫「走泥社」のような活動もしたい。
絵も描きながら陶芸家だった父親のように、

小松君も個性的な活動を少しずつ展開しています。

山笑ふ ー彩りの器ー

生まれも育ちも笠間で 父親が陶芸家という

小松弦太さん・髙田藍紗さんの二人展

初日 お二人とも在廊ということもあり

たくさんの方に来ていただきました。

 

 花 器

学生時代から陶彫(陶の彫刻)もなさる小松さん

味わい深い彫りが目を引きます

 

一見 普通の碗

 

中に ミルクにつかったネコちゃんが

 

      フリーカップ 

「濱田庄司登り窯復活プロジェクト」(益子)で焼成

7年前の東日本大震災で崩れた窯を

3年前に修復・復活して窯焚きした時は 益子の作家中心でした

今回は「かさましこ」と笠間の作家も多数参加しました

 

大 皿

藍紗さんのトルコブルーは

ご本人のお人柄のように 明るく元気です

 

「庭カフェKULA」(笠間門前通り)に

ご案内のDM撮影用料理を作っていただきました。

会期中 KULAと舞台 両店ご利用いただいた方に

ささやかなプレゼントをご用意していますので、お楽しみに。

 

KULAで撮影しようと言ったのは 藍紗さん

撮影は 弦太さん

若い作家の方の発想・行動力・可能性

まぶしいほどで ワクワクします

作品のおもしろさも格別

 

山に少しずつ花が咲き始め

「山が笑う」 ように見えてきた

春まだ浅い笠間でお待ちしています